ゆっくりと生きるには覚悟がいる


Shinagawa madness

 東京の人が生きるスピードはあまりにも速すぎるんじゃないか、と最近思うようになった。例えば、電車のダイヤの密度やエスカレーターの速度はホームに人が溢れないように過密に設定されていたり、コンビニのレジの応対は客が並ばないように異様にテキパキしていたり、ネット通販の荷物は数時間で届いてしまうようになったりしてきていて、なんだか東京の街全体のそういった仕組みにいつの間にか僕たちは巻き込まれていて、必要なく急がされているような気になってきたのだった。

 でもそういった雰囲気を無視して自分だけゆっくり生きても、別に困ることは何も起こらないと思うのだ。最近は街中であえてゆっくりゆっくり歩いてみてるんだけど、初めは周りの人たちに追い抜かされても、いつの間にか信号待ちとかエスカレーター待ちとかで追いついてしまう。ゆっくり歩いたところで、目的地に着くまでの時間はほとんど同じなのだ。

 結局、急いで生きても、ゆっくり生きても、たどり着く先は大して変わらないんじゃないだろうか。しかし、周りが皆生き急いでしまっているこの東京で、自分だけがゆっくり生きるというのはとても難しく、覚悟がいることだ。それでも、周りの雰囲気に巻き込まれずにゆっくりと生きることができるのならば、長い目で見ればそちらの方が人間として自然で豊かな人生が送れるんじゃないだろうか。