29歳でプログラマになって2年が経った

 このエントリは以下のエントリの続編です。ちなみに以下のエントリは未だに反応をいただくことがあり、とてもありがたく思ってます。

msms.hatenablog.jp

自由な雰囲気がずっと続くと良い

 29歳でWeb系の企業に入ってもうすぐ2年が経つんだけど、今も同じ会社で働いている。入社した頃と比べてオフィスも移転したり人も増えて20人ぐらいになったりして、ちょっとずつ会社が大きくなっているんだけど、あの頃の自由な雰囲気は変わらずに続いている。みんなが普通の生き方にはない過去や個性を持っていたり、多種多様なバックグラウンドを持っていたりしていて、かつそういったのを尊重しあえる文化が揺るぎなくできているので、人が増えても自由を保てていると思うのだ。日によって、インターンの学生さんがいたり、普段リモートワークでやってる人が会社にきてたり、犬が遊びにきてたりして、毎日会社にいるメンバーの面子がばらばらでそれも面白い。シェアハウスには住んだことはないんだけど、会社というよりも多分そういう雰囲気に似ているんじゃないだろうか。

 こういう文化がずっと続けばいいなと思っている。でも例えば社員が10,000人とかになってしまったらさすがに続かないんだろうなとも思う。どこにその境界線があるのかというと、たぶん社内に知らない人が現れはじめた頃なのだろう。直接交流を持つことができなくなると、文章ベースでコミュニケーションをとったりルールを決めたりするしかできなくなるからだ。

 小学校とかだと同じクラスの30人の名前はだいたい覚えていて何となくクラスの一体感が持てるけど、他のクラスの人だと名前を知っているか怪しくなってきてよそよそしくなってしまう。なので多分社員が30人を超えるあたりが一つの分水嶺で、それ以上会社が大きくなった時にこの文化を保つのは今までにない意欲的な工夫が必要になって来ると思う。まあ会社がそこまで大きくなるまでにはまだ時間があると思うので、その辺りはゆっくり練っていけばいいことなんだけど。

リモートワークはひきこもりを救う

 もう一つ会社に変化があって、リモートワークを導入する人がとても増えた。理由は様々で、家で子供を育てたいからとか、犬を飼いたいとか、家の方が仕事が捗るとかいろいろだ。あと、体調が微妙な時だけ家で仕事するということをやってる人が多い。会社には行けないけど仕事を休むほど体調が悪いわけではない日みたい曖昧な日は一年の中で結構あって、そんな日のためにわざわざ有給を使うのももったいないのでリモートで済ませられるに越したことはないのだ。

 僕自身もリモートワークを大いに活用するようになった。完全に曜日によって会社に行く日行かない日を分けているということはなくて、週2,3日の午前中だけ会社に行って他は自宅で作業するとか、調子が悪いなと思ったら週5で自宅にひきこもるとか、今日は会社に犬が遊びに来るから僕も行こうかなとか、割と曖昧な感じでやっている。僕は持病があって周囲の光や音がとてもうるさく感じてしまってどうしても会社だと作業に集中できなくて困ってしまい、でも完全にリモートワークに切り替えるにはまだ一人でやっていく技術力もまだないし、みたいな両価性があるので今はそんな感じで会社に行ったり家で仕事をしたりしている。

 来るかもっていってた人が来られないそうです

 それぐらいがいいですね 行かなきゃいけないとかは しんどいので 来ても来なくてもいいし 行っても行かなくてもいい

 なんとなく’ゆるく’オープンにしておいて 連絡取ろうと思ったら取りやすいみたいな

 ブレイクスルー File.46 自分の幸せは、自分で決める ―ニートのカリスマ phaさん― - ハートネットTV - 2016年1月4日の放送 - NHK福祉ポータル ハートネット

 でも僕が家で仕事をやっているのは健康面の理由だけではなくて、プログラミングの技術書で勉強をしたり調べごとをしたりするときは、会社のざわざわした環境よりも家のしんとした環境の方がはるかに集中できる、というメリットもあってのことだったりもする。僕はこの会社にくる前は研究がしたくて博士課程を目指していた時期もあったんだけど、今みたいに家で研究する時間が確保されていると研究者になる夢が少し叶ったみたいな気がしてとても嬉しい。

 もし今の時代にリモートワークがなかったら、今頃僕は医者に診断書を書いてもらって会社を休んで周りに白い目で見られるか、もしくはすぐクビになって今もずっと家にひきこもっていなければならず、一人ぼっちで寂しい人生を送らざるをえなかっただろう。そう考えると、リモートワークが普通に認められる時代になって本当によかったと思う。

新しい形の音楽アプリを作った

 もう去年の話になるんだけど、耳が聴こえない人が音楽を楽しめるようにするためのiPadのアプリを作った。合唱曲の「Believe」という曲で、動画に合わせて譜面や歌詞が流れたり、拍子が視覚的に光ったり、曲が盛り上がってるかどうかがイメージでわかって、手話で歌うことを楽しめるアプリだ。プログラムは僕一人で書いた。無料なので、もし良かったらダウンロードしてみて触ってみてください。

手話で歌おう

手話で歌おう

  • Info Lounge LLC
  • 教育
  • 無料

 このアプリで全国の学校の方に手話で歌っていただいたのを撮影した作品でコンテストを開いて、そのコンテストの結果がこの間発表された。僕自身は手話が全くわからないのでどんな作品を応募してくださるのか全く予想もつかなかったんだけど、どの作品も本当に素晴らしくて、かつ純粋に音楽的な驚きがあってとても良かった。受賞作品は全てこちらの公式サイトから見れるのでこちらも良かったら見てください。おすすめです。

shuwauta.info

 最近はアプリの制作は一旦お休みしていて、WEBサイトの制作を主にやっている。スマホアプリの制作は少人数でコーディングすることが多いので、あまり他の人が書いたコードを見る機会が少なくて、プログラミング初級者の僕にとってはあまり良くないと思ったのが主な理由だ。情報系の学校にも行ってないしプログラミングを始めてまだたった2年の僕が書けるコードというのはまだまだ不自由で、他の人のコードをたくさん見て勉強しながら自由で良いコードが書けるようになれば良いなと思っている。まあ、早く凄いコードが書けるようになりたい欲求みたいなのはなくて、急いでもゆっくりやっていってもだいたい同じところにたどり着くので、焦らず学んで行けば良いのだけれど。

病気と付き合いながらも働ける

 僕はここ5年ぐらい持病を抱えながら生きている。病気から抜け出したい、このままでは駄目だと思って頑張ってみるんだけれども、その度に体調が悪くなってしまってひきこもり、また頑張っては破綻してひきこもり、といったことを何度も繰り返し、一向に病気が治らなくてずっと悩んでいた。

 それでも過去の傾向から、とにかく自分で高い目標を立てて頑張ってしまったり、もしくは優秀そうだからという理由で身の丈に合っていない仕事を任されてそれを乗り越えようと頑張ってしまったりして、その結果として潰れてしまうことが繰り返されてきたということがだんだんとわかってきた。そうやってまた1年前もやっぱり体調が随分悪くなってしまい、このままでは辛すぎると思い仕事の負荷を思い切って軽くしてもらったり、あまり頑張らずにできることだけをして過ごすようにしたりして、とにかく「頑張ることを手放す」ことを試みたところ、あんなに悩まされていた症状が嘘のように消えてしまったのだった。

 統合失調症をかかえる彼は、物心がついた時からいわゆる幻聴が聞こえ、「頑張れ」という声に背中を押されるように何事にも強迫的な頑張りを続けてきた一人です。普通「頑張りやさん」と言われるとうれしいものですが、彼の頑張りはちょっと違いました。「頑張れ!」という声に半ば強制されるように、スポーツも、勉強も、極限まで頑張ってしまうことをやめられない、苦しくてつらい日々を過ごしていました。心身ともに疲労し、混乱する中で救急車に運ばれて浦河日赤病院精神科に入院した時に彼が発した言葉は、「やっと、病気になれた」というものでした。それだけでも、その言葉にはインパクトがありました。

 精神障害と教会 教会が教会であるために

 頑張れば頑張るほど病気が治ることから遠ざかり、頑張るのを手放して楽に生きようとした途端に病気が治り出す。いったいこれはどういう皮肉なんだろうか。そう思い始めたとき、これはもう、神様が僕にくれた病気なのだと理解し始めた。これ以上頑張っては身体を壊しますよ、だから生き方を見直しなさいという、そういう身体からの危険信号なのだと。

 幸いなことに、プログラミングの世界にはレイヤー(階層)という概念があって、個人個人の趣味趣向、技術力や負荷などに見合った仕事の種類が自分で選べるようになっている。僕はいま自分があまり頑張らないで楽しくできる範囲の仕事だけをやっていて、結局その方が長い目で見て安定して働けるので会社の為にもなっているし、自分の体調も良くなる方向に向かっているので自分の為にもなっているので、人生がうまく回り出しているのだろう。この先もこんな感じで力を抜いて生きていって、気がついたら病気が治っていたらいいなと期待している。

まとめ:人生を豊かにする仕事をしよう

 結局、プログラマという職業は自分にとって天職だったのだろう。2年間も同じ仕事をできたことは僕にとって初めてのことで、いろんな意味で自分に適性があった仕事なのだと改めて感じる。

 働けば働くほど健康になる仕事がいいな、ということをよく想像する。仕事では人生のうち3分の1の時間を過ごす訳で、働くたびに疲れ果てて消耗してしまうのは、やはりもったいないことだと思う。プログラマをクリエイティブな仕事と呼べるかどうかはわからないけど、心身にとって生産的で健康になれることをしていた方が、やはり楽しく豊かな人生を送れると思うのだ。

 人工知能の進化とかであと何年プログラマという職業があり続けるのかは全くわからないけれども、こんなに楽しい職業を生み出した人たちならばきっとまた新しく楽しい職業を生み出してくれるだろうからあまり心配もしていない。こんな感じでプログラミングをこれからも楽しんでいきたい。