祝いのカンパナ

msms blog & diary

日記 2018/1/29

読書記録 

世界音痴〔文庫〕 (小学館文庫)

世界音痴〔文庫〕 (小学館文庫)

 

  5 割ぐらい読んだ。全部読んでから書かないのは、全部読まないとみたいな強迫観念が出てきてしまうので、 5 割しか読んでなくても書いてしまう。

 どういった本なのかは Amazon レビューに譲るとして、この本を読んで一つ気づいた事がある。僕はエッセイを読むのが好きだ。そして、書くのも好きかもしれない。

 今まで本と言えば教科書だとか技術書だとかいう類のものしかまともに読めなくて、とにかく飽きっぽいので小説は全く読めなかったので、自分は本が好きじゃないんだなぁとか思っていた。なにせ 30 分のアニメすら途中で見るのをやめたくなってしまうぐらい飽きっぽい人間なのだ。ここ数年は生きづらさ関係の本ばかり読み漁っていたのだけど、何年も読んでると良い加減生きづらさ問題について考えるのもつらくなってきて手が伸びなくなってきた。

 この本はたまたまある人が紹介していて、ちょっと面白そうだなと思って図書館で借りてきた。収録作品の初出が連載もので、 1 つのトピックが 3 ページしかなくて、どこからでも読めるしどこでもやめられる。これは良い。飽きっぽい僕でも読めるぞ。

Blog / Twitter / Facebook

 かつてインターネット上で誰も彼もがエッセイや日記を書いていた時代があった。 mixi である。あの頃のインターネットは最高だった。でもご存知の通り Twitter, Facebook が流行りだした途端にみんな移住してしまって mixi は廃墟になった。その結果何が起こったかというと、みんなエッセイや日記を書かなくなってしまったのだ。

 Twitter は日記に向いていない。 140 字しか書けない小さな原稿用紙に日記を書こうとする気にはならなくて、だいたい 10 字程度のつぶやきで埋めつくされている。 Facebook はソーシャル年賀状サービスぐらいにしか僕は思っていない。少なくとも日本の Facebook ではキラキラした出来事の時しか書き込んじゃいけないみたいな雰囲気が出来上がってしまっていて、例えば「今日は眠かった」なんて書き込んだ日には、なんだこいつはみたいな目で見られてしまうかもしれないと思うと僕には怖くて使えない。

 エッセイや日記を書き続けたい少数派の人たちは、自分のブログを持つようになった。ブログは面白い。どこまでスクロールしてもその人の文章しか載っていないから他の人の空気なんて読む必要がないし、長文ゆえにその人特有の濃い部分というか、人間味が溢れる文章が読めるからだ。

 自分のブログを持っている人は少数派とはいえ、日本中のインターネットを見渡すと結構な数になるからネットサーフィンをして飽きる事はない。でも残念ながら、みんな僕の知らない人たちなのだ。出来る事ならば知っている人たちのブログも読んでみたい。この広大な原稿用紙にどんな濃い文章を書いてくれるのかが見てみたい。ああ、誰かブログを書いてくれ。誰か。誰か。

anond.hatelabo.jp