祝いのカンパナ

msms blog & diary

『無い才能の、見切り方』を読んで

bunshun.jp

 うん。

 僕の場合、「自分のやりたい事ってなんだっけ」病が何ヶ月かに 1 回訪れる。今日もそんな事を 1 日中考えていた。

 あの技術が気になるな。でもその技術を習得するのにこれだけの時間がいるな。でもそもそも才能あるのかどうかわからないしな。とりあえずやってみるか。でも時間がどう考えても足りないな。仕事か趣味の時間を減らすしかないか。いやいやそれはダメだろう。それじゃやってみるのをやめようか。でもやっぱり気になるな。

 ずっとこの思考パターンの反芻になってしまう事がある。

 このぐるぐる思考から抜け出す為に僕の中で役立っている言葉がある。少し前にテレビで誰かが言っていた、

自分のしていることよりも出来ることを基点にして考える

という言葉だ。言い換えれば、自分の得意な事に注力せよ、という事だろう。自分の得意な事を見極める力自体も大事かもしれない。冒頭の記事を要約すれば、人生は時間に制限があるんだから好きな事かつ得意な事をやるしかない、ということになるだろう。

 

 最近僕が編み出した技法として、やりたい分野の本のうち、初心者向けの本ではなく、超難しい本をあえていきなり読んでみる、という方法がある。もちろん現時点では理解出来るわけがない。だけれども、ワクワクするかどうかは読んでいるとなんとなく勘でわかる気がする。ミラクル・クエスチョン的に、もし自分がこの分野について何でも理解出来るようになったら、この本を読みたいか、と自分に問いかけてみる。 YES だったら、時間とお金を投資してでも賭けてみる価値があるかもしれない。 NO だったら、自分のやりたい事ではない可能性が高い。

 そうやって、自分の中に無い才能を見切っていく。

 

 何かのプロフェッショナルになるという作業は、もしかしたらずっとこの繰り返しなのかもしれない。今自分が居る大分野には自分は才能があると思う。でもそのうち中分野の中には得意なものと苦手なものがあるな。じゃあ得意な中分野に専念しよう。よく調べてみるとそのうち小分野の中にも得意なものと苦手なものがあるぞ。じゃあ得意な小分野の専門家になろう。といった具合に。

 苦手なことを全部避けるのはまずいかもしれないけれど、薄く広く知っている程度で構わないと思う。何でも出来てしまう何でも屋になる必然性はないし、自分が苦手なことはそれが得意な仲間でカバーし合っていけば良い。その為にこんなにも人類がいるのだから。

 

msms.hatenablog.jp